ML6通目:怖さ

今回は、

このトレーニングに来るとき ・・・いや、トレーニングに限らず、1dayでも3daysでも一緒かなと思う「怖さ」について。

タントラに限らず、

人と関わる場には、

必ず怖さがあると思います。

なかでも親密さへの恐怖です。

知らない人と同じ場にいる。

身体を感じる。

見られてるんじゃないか。

感じていることが、

自分でもわからなくなるかもしれない。

なかでも男性は、

「ちゃんとしなきゃ」

「乱れてはいけない」

「わからないと思われたくない」

そんな無意識の緊張をずっと身体に格納しがちです。

だから、 男女問わずして、人と一緒にいる場ほど、身体が固ま り、呼吸が浅くなる。

このトレーニングに来る前に感じる怖さは、

何か危険だからではなく変化のサインなのかなと。

守ってきたものが、揺れる可能性があるから・・・怖い。

今までのやり方ができなくなったら?

自分なりに作ってきた安全な距離感。

安全だと思っていたポジションや肩書きとして生きて来た自分。

それが、

少しだけ通用しなくなる。

でもこのトレーニングに出たからとて、

無理に壊されるものはないし、引き剥がされることも、暴かれることも、むげに越えさせられることもない。

ここでは、

閉じたければ、それはそれ。

近づきたければ、それもそれ。

離れても、留まってもYESだし、

近づかれたくなかったらNOを言う。

まんまでいい。

ただ、

その選択を自分で選ぶということ。

その選択が、頭ではなく、身体から出てくるようになる。

これが、他者とやる場の恩恵です。

一人では、自分の癖は見えません。

でも人といると、自然に浮かび上がる。

ー頑張る癖。

ー合わせる癖。

ー避ける癖。

ー耐える癖。

それは責めるためではなく、気づくために現れ見せてくれます。タントラの場はそれが各所に散りばめられています。

そして気づいたとき、何が違う道が現れる、というか、違う水流に流れていけるかもしれません。

それでも、一時停止しても、やめても、続けてもい い、という自由。

人生に正解も評価もないと思うから。

ただ、それを見たいかどうか、かなと思います。

(僕はこの類稀なるタントラの場のその先を見ずには死ねないなと思っちゃったタイプで今までやって来ちゃった気がします。 )

怖さの向こうにあるのは、

解放や自由や静けさもあるけど、安心です。

初めから安心は得られないだけだから、ただ怖いのだと思います。同時に怖さは、悪いことではないと思います。だって慣れちゃったらもう出てきてくれない種だから。

だから実験しに来て欲しいなって思 っています。

人と一緒にいても、自分でいられる、感覚。

無理に開かなくても、閉じなくてもいい寛ぎ。

その、怖いけどある安心安全と身体とが、共に感じれたとき、

人との関係も、仕事も、日常の距離感も、自然に変わっていくのかなと思います。

このトレーニング=瞑想の恩恵かもしれません。

では次回で最後のメールになります。

また、

このメールで会いましょう。

タントラ メディテーショントレーニング

Way of Tantra : Part 1

Orgasmic Body ~受容と変容~

タントラライフジャパン

カビール

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